異変は1929年10月24日木曜日、突如として売りが殺到し、ダウ平均株価は一時10%を超える下落となります。この日は終盤に持ち直し、終値では前日比 2 %程度の下落で済んでいるのですが、出来高はそれまでの通常の3倍に達し、自殺をする者が相次ぐ事態となりました。この日は Black Thursday (暗黒の木曜日) と呼ばれるようになります。
ところが翌週はもっと凄いことになりました。10月28日にダウは-12.8%の下落、翌29日はさらに-11.7%の下落となり、9月につけたピークの381ドルから230ドルへと4割程度の下落となります。
この時期についての逸話は真偽のわからないものも含めていろいろありますが、いくつか紹介しましょう。

最初は、このようなことも過剰な投機にのめりこんだ一部の人の問題だと思われていました。当時のアメリカの総人口1億2000万人のうち、証券取引をしていたのは100~200万人程度だったそうですから大したことはないようにも思えますが、やがて実体経済が急速に悪化します。この構造も、最初は一部の金融機関の問題と思われていたところ一気に全体に波及した今回の危機と似ています。
この後の3年程度かけて、失業率は25%に達し(これは農業従事者を含んでの数値なので、企業の勤め人ではもっと高いはずです)、GDPも30%のマイナス成長となります。もちろん株価も低迷し、1929年10月のクラッシュがかわいいものと思えるほどの下落を見せます。1932年夏にはダウが41ドルと、恐慌前の高値から1割強の水準と、壊滅しました。
この時期の月足チャートを作成してみましたので見てください。

まさに救いようがない崩壊です。1929年10月の崩壊はほんの序曲なわけです。これが仕手株ではなくて産業の根幹をなすダウ平均株価のチャートなのですから・・・。
株価の崩壊に明るみになった不思議な一致
ところで、当時も今回も、さらに1987年のブラックマンデーも、株価の崩壊は10月に起きているというのは不思議な一致です。偶然ではないとすると何かあるのでしょうか?













