
今回は、ヨガ・ピラティススタジオをオープンした柳澤とも子さんのお話です。柳澤さんは、交通事故のリハビリとしてピラティスを始め、その後、友人達にピラティスを教え始めたことがきっかけで独立し、教室を開きました。教室スペースは、もともと友人が持っていた場所を借りたので、開業資金はほとんどかからなかったと言います。
女性向けのヨガ・ピラティス教室
東京代々木にあるマンション一室で、会員制ヨガ・ピラティス教室「アライン・ボディ・コンディショニング・センター」を開いている柳澤とも子さん。床張りの広いスタジオには音楽が流れ、リラックスした雰囲気だ。
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柳澤さんが開く講座には大きく分けて、「プライベートセッション」、「ヨガ・ピラティス」の2種類がある。「プライベートセッション」は、いわゆる個人レッスンで、ヨガとピラティスの基本的な動きを学び、骨盤周辺の体幹部の骨格と筋肉を鍛える。「ヨガ・ピラティス」は定員3~5名で行い、「エナジー・フロー・ヨガ (しなやかで女性らしい体作り) 」と「ビューティー・ピラティス (姿勢の改善、骨盤エクササイズなど) 」のコースがある。
「ココロは、体調に影響されています。カラダが元気なら、ココロも元気になれる。つまり、一番大切なのは“カラダの健康”。私は、皆さんのカラダが健やかになるように力を入れていきたいと思います」。
交通事故のリハビリで、ピラティスに出会う
柳澤さんは、学生時代にクラシックバレエを習い始め、バレエの発表会や公演で踊るたび、その楽しさを知り、「将来は、舞台に立つ仕事がしたい」と思うようになった。
短大の頃、舞台活動に役立てるため、日舞も始めた。
「短大の卒業するとき、就職をしなきゃと思いましたが、自分のやりたいことを優先させたかったのです」。
舞台に立ち続けることを夢見た矢先、21歳で交通事故に合った。左半身を挫傷し、左足、肩、顔面の治療のために、3年間、入退院を繰り返すことになった。
「踊り続けたいと思っていたので、本当に残念でした」。
何よりも治療優先、入院時期がはっきり決まらないため、働くことができず、自宅での療養か病院のベッドで過ごす日々。病院のベッドで寝ていると、バレエで鍛えたはずの筋肉がみるみる衰え、体のラインも崩れていった。
「踊れなくなることだけでなく、女性としても悲しい気持ちになりました」。
「バレエの技術が衰えるのは、イヤ!」。そんなとき、リハビリのため、バレエの先生に教わったのが、柔軟体操と筋肉トレーニングを組み合わせた、いわゆるピラティスだった。
「今から10年以上前のことなので、その頃は“ピラティス”という名前も知りませんでした。数年後、旅行で訪れたニューヨークのスタジオで、それが“ピラティス”だと知ったのです」。
ピラティスでリハビリを続けながら、事故の傷が完治するまでの3年間、バレエの稽古を中断せざるをえなかった。
「3年間のブランクでは、さすがに舞台に立てず、舞台で踊る夢は諦めました。そして、今度こそ働かなければ!と思ったのです」。
PR会社に就職
そして、知り合いの紹介でPR会社に就職した。マスコミ向けにクライアント企業のプレスリリースを送り、企業のPR、マーケティング戦略を立て、記者発表の運営、イベントの開催などを行う会社だった。柳澤さんは仕事に夢中になり、それから数年の月日が流れた。
「そろそろ、違う仕事がしたい……」勤務4年目、柳澤さんは転職をしようと思い始めた。それまでと同じくPRの仕事を続けることも考えたが、
「どこの会社に入っても、仕事の内容に変わりないだろう。今までと同じ仕事の繰り返しになってしまう…」。
PRの仕事でクライアント企業の社長と話をする最中、他社をPRすることは、他の誰かにもできる。私は他社をPRする側よりも、自分のやりたいことを行い、それを自分でPRしていく方が向いているのではないか、と気付いた。
「仕事を変えるなら、この際、まったく違う仕事を始めよう! いっそのこと、独立しよう!」
退社後、どんな仕事をするかはまったく決めていなかったと言う柳澤さん。ただ、「会社を辞めて、自分のやりたい仕事をしたい!」とワクワクした気持ちが高まっていった。









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