激しい指名獲得レースの水面下で
アメリカの大統領選挙戦は民主党のバラク・オバマ上院議員とヒラリー・クリントン上院議員の激しい指名獲得レースを軸に熱い戦いが続いている。早々と党の指名を確実にした共和党のジョン・マケイン上院議員と比べ、民主党の両候補は6月まで続く予備選挙で体力と資金を消耗しつつある。
決着がつくかと注目を集めたペンシルベニア州の予備選挙でクリントン候補が競り勝った。そのため、息を吹き返した感のあるクリントン候補は 「潮目が変わった。自分は8月の党大会まで決してあきらめない」 と発言。
ところが、5月6日に行われた予備選挙ではオバマ候補がノースカロライナ州で大勝し、クリントン候補が圧倒的に優位と見なされていたインディアナ州でも互角の戦いが演じられた。その結果、代議員の獲得総数ではオバマ候補が1840票、クリントン候補が1684票となった。
オバマ候補のリードが続いているが、いずれの候補も指名獲得に必要な2025票には達していない。残り8州の予備選挙を経て、8月の党大会になるが予断を許さない状況だ。
接戦が続けば、いずれの候補者も指名に必要な代議員数を獲得できないという異例の事態も起こりうる。
その場合には、特別代議員と呼ばれる現職の上下両院議員や州知事、大統領経験者など、党内の大物政治家たちの投票で最終的な決定が行われることになる。これほど指名争いで激しいレースが繰り広げられたことは過去に例がない。このすさまじい指名獲得競争を自分たちの業界に有利に利用すべく水面下で動いているのが、ヘッジファンド業界である。
大統領選挙はファンドマネージャーの腕の見せどころ
アメリカでは大統領選挙のみならず、連邦議会選挙においても、投資ファンドや先物商品を扱う専門家たちが、あたかもギャンブルの胴元のごとく、どちらの候補がどの程度の差をつけて勝つかを占うビジネスを営むケースが多々ある。その背景には、金融や市場調査の専門家として、有権者の動向をどれだけ正しく読むことができるかどうかをアピールし、自分たちの未来予測の手法や技量を高く売る場にしようとする思惑が隠されている。
これまでの予測では、民主党の指名を勝ち取るのはオバマ上院議員で、その確率は70%近いと見られている。そして、11月の最終的な国民投票では共和党のマケイン候補を破り、黒人初の大統領が誕生する確率が6割程度といわれる。もちろん政治の世界は「一寸先は闇」。残された選挙期間内に予想せざる事態が発生し、これら金融界のプロを自負する投資家たちの目測が外れる場合も十分ありうる。
とはいえウォールストリートで日々マネーゲームにしのぎを削るヘッジファンド業界のマネージャーたちにとって、今回の大統領選挙はかつてない関心の高まりをみせており、政治献金の額でも、過去の記録を塗り替えつつある。
マケイン候補がヘッジファンドに人気の理由
実はヘッジファンドの世界で活躍するファンド・マネージャーたちにとっては、マケイン候補が大統領に選ばれることが最も望ましいシナリオだと受け止められている。
なぜなら、マケイン候補はブッシュ大統領が推し進めてきた富裕層に対する大型減税措置を恒久化しようとの考えを持っているからである。ヘッジファンドの顧客はほぼ例外なく富裕層だ。彼らの利益を代弁し、擁護してくれる可能性の高いマケイン大統領の誕生を期待するのは当然であろう。
しかし、一般の有権者にとっては、マケイン候補が代表する共和党こそ、現在の厳しい雇用環境や泥沼化したイラク戦争の元凶であり、アメリカの軌道修正と復活を図るためには、民主党による政権交代は欠かせないと受け止められている。
一方、クリントン候補の場合は、夫である元大統領が1990年代に、いわゆるITや不動産バブルを政策的にもたらし、アメリカ経済を活性化させたとの思いが強く、「夢よ、再び」とばかり、クリントン候補に期待する向きも少なくない。
しかもクリントン夫妻にはウォールストリートの金融界に友人や支持者が大変多い。その意味でもクリントン大統領が誕生すれば、ヘッジファンド業界にとって、不都合な規制の網をかぶせることはないだろう、との観測も広がっている。
逆に、オバマ候補の場合は、タックス・ヘイブンの濫用を防止する法案を強力に推し進めるなど、ヘッジファンドの顧客である富裕層にとって、敵対するような政策や姿勢を全面的に打ち出している。ヘッジファンド業界にとっては、もっとも望ましくない大統領候補といえるだろう。にもかかわらず、この業界では最終的にオバマ大統領が誕生する可能性が高いと分析し、同候補に対する政治献金を積極的に進めるファンド・マネージャーの数が多いのである。
オバマ候補が圧倒的に政治献金を集金
2008年4月に発表された「アルファ・マガジン」の調査によれば、アメリカのヘッジファンド・マネージャーのトップ10に名を連ねる、市場の先読みを得意とするエキスパートの間では、オバマ候補が圧倒的に多額の政治献金を集めているようだ。
4月半ばの段階でクリントン候補が860万ドルのキャッシュを手にしていたが、オバマ候補は4250万ドルものキャッシュを自由に使える立場にあった。2月のスーパー・チューデーの前までは、クリントン候補が資金面ではオバマ候補をはるかに上回っていた。ところが選挙戦が進むにつれ逆転現象が起き、現時点ではオバマ候補がクリントン候補を圧倒するほどの潤沢な資金を得ている。
その背景には、インターネットを通じて小口の募金を広く集めることに成功したオバマ陣営の巧みな戦略がある。ネットオークションやソーシャル・ネットワーキングの世界で実績を上げた専門家をヘッドハンティングし、ネットを通じての選挙キャンペーンと募金活動に新基軸を打ち立てたわけだ。
そのような動きに注目したヘッジファンドのマネージャー達は、最終的にホワイトハウスの主になるに違いないと判断し、オバマ候補に対する献金を加速させている。利にさといヘッジファンドの動きがオバマ陣営にとっては資金調達面での大きな追い風となっているようだ。資金面で追い抜かれたクリントン陣営では銀行から多額の借金を重ねなければ、選挙戦を継続できなところにまで追い込まれた。
オバマ候補を支えるヘッジファンド
それではオバマ候補を支えるヘッジファンド軍団とは誰のことか。
具体的には、かつて「ヘッジファンドの帝王」と異名をとったジョージ・ソロス氏を筆頭に、ブルーリッジ・キャピタルの創業社長ジョン・グリフィック氏、シタデル・インベストメント・グループのケネス・グリフィン氏、ローンパイン・キャピタルのステファン・マンデル氏など、ヘッジファンド業界の立役者たちがずらりと顔を揃え、オバマ候補に対する多額の献金と支持を打ち出している。ソロス氏は当初クリントン候補を応援していたが、途中からオバマ支持へと乗り換えた。
もちろん、クリントン候補やマケイン候補を応援しているヘッジファンドの大物もいる。たとえば、このところ毎年、過去最高益を達成している「ヘッジファンドの天才ディーラー」と呼ばれるルネッサンス・テクノロジーのジェームズ・シモンズ氏はクリントン候補に対して全面的な資金援助を行っている。
また、クリントン夫妻の1人娘チェルシーが働くアベニュー・キャピタルの創業者マーク・ラスリー氏は当然のことであるが、クリントン候補への資金提供のみならず、チェルシーに長期休暇を与え、母親の選挙活動をフルタイムで支援させている。
とはいえ、多くのヘッジファンドの経営者やマネージャーたちにとっては、クリントン陣営のインナーサークルに今から食い込むことは容易ならざる業であろう。というのも、クリントン候補は夫が大統領時代に重用したエバーコアー・パートナーズのロジャー・アルトマン氏やクォドランギュラー・パートナーズのスティーブン・ラトナー氏など、ウォールストリートの重鎮たちを自らの政権が誕生した場合には重要なポジションに配置すべく、すでに下打ち合わせをしているからである。
その点、オバマ候補の場合はこれまでヘッジファンド業界との繋がりがなく、白紙状態に等しいため、ヘッジファンド業界の大物プレーヤーたちが相次いで資金提供を申し出ているわけである。最終的に誰が大統領の座を射止めるかは予断を許さない。しかし、ヘッジファンドの世界ではどの候補者がホワイトハウスの主になるのかを見極めようと、あらゆるノウハウを駆使し、徹底した先読み競争が展開されているようだ。
マケイン候補の妻はアメリカ有数の資産家
ところで、ヘッジファンド業界からはあまり熱心な支持を集めていない共和党のマケイン候補であるが、彼のバックには意外なほど強い味方が控えている。それは妻のシンディである。彼女はアメリカ最大のビール・ブランドであるアンハウザー・ブッシュの販売会社の2代目社長であり、アメリカでも有数の資産家。父親のジェームズ・ヘンズレー氏は義理の息子となったマケイン氏に対して長年にわたり多額の政治資金を提供してきた。
海軍のパイロットであったマケイン氏は操縦していた戦闘機が撃墜され、ベトナムで6年近くの捕虜生活を余儀なくされた。解放された後、アメリカに戻り、最初に彼がついた仕事は妻が経営するビール販売会社の広報担当であった。その後、アリゾナ州で選挙に打ってでることになるのだが、初当選以来、今日に至るまで、必要な選挙資金はほとんど、妻の実家であるヘンズレー一族が提供してきた。
同社はアメリカで年間2300万ケースものビールを売りさばく同国最大のビール販売会社である。マケイン候補自体はアルコールをほとんど飲まない。しかし、総資産2億5000万ドルといわれる妻シンディの資金的後ろ盾を得て、マケイン候補はこれまで、最も豊かな上院議員として政治活動を展開してきた。
資金集めの悩みとは無縁のマケイン候補
自家用ジェット「キング・アビエーション」も、各地に所有する不動産も、選挙スタッフを雇う経費も、実はシンディの采配によってすべて提供されてきたもの。さらにシンディは地元アリゾナのプロ野球チーム、ダイヤモンドバックスのオーナーでもある。そのため、夫の選挙キャンペーンにあたっては、しばしば人気プレーヤーたちを総動員し、選挙活動に華を添えてきた。しかも、経営手腕に関しては、シンディの評価は極めて高い。
民主党の2人の候補はあの手この手で選挙資金集めに工夫を凝らしているが、マケイン候補はその手のお金の悩みからは最も遠いところにいるといえるだろう。ヘッジファンド業界にとっても、マケイン候補は最も縁の薄い存在であった。そのため、ヘッジファンドの世界ではマケイン支持を打ち出すメジャーなプレーヤーは皆無である。
大統領選挙の裏でヘッジファンドのマネーゲームが激化
マネーゲームのプレーヤーの間では、今のところ、黒人初の大統領の座を狙うオバマ候補が最も人気を集めており、商品先物の感覚でいけば、「買い」が先行しているといえよう。その限りでは、大統領の座に最も近いポジションをキープしているわけだ。しかし、何が起こるか先の読めないのが、政治の世界。マネーの世界とはゲームのルールが違う。オバマ候補が想定外の問題に足をすくわれ、レースから脱落する可能性も否定はできない。
ヘッジファンドの鉄則の1つは、どのような事態が発生してもロスを最小限に抑え、利益を最大限確保するということにある。ヘッジファンドのプレーヤー達は、あらゆる可能性を吟味しながら、どの候補にどれだけコミットし、いかに最大のリターンを確保するか知恵を絞っているわけだ。これまで培ってきたノウハウや人脈を総動員し、自らの未来を賭けた勝負を挑んでいるといっても過言ではない。
大統領選挙という表の世界のレースが過熱する裏で、ヘッジファンドによる鎬を削るマネーゲームという先読み相場の裏レースも、これからますます激しさを増すことになるだろう。
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