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【相場師列伝】 80年代後半わが国を襲った「超バブル経済」のまとめ

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2009/02/03 09:00

 相場の歴史シリーズも今回が最後になります。今回はわが日本の最大のバブル経済であった、1980年代後半の時期を取り上げます。(バックナンバーはこちら)

当時のバブルは「大きな事件だった」

 わが日本の最大のバブル経済であった、1980年代後半。僕は当時小学生でしたのでリアルタイムの記憶はほとんどありませんが、調べるうちにこれは世界史上でも特筆すべきバブルであったことがわかりました。今だに、単に「バブル経済」「バブル後」と言えば暗黙のうちにこの時期のことを指すことをみても大きな事件だったことがわかります(「戦後」といえば太平洋戦争後を指すのと同じですね)。

 まず、1981年以降去年までの日経平均の動きを見てみましょう。1981年末では7681.84円、これを書いている2009年1月末の水準と大体同じです。これが8年後の1989年末には38915.87円、約5倍になっています。平均株価が5倍ですから、銘柄によってはそれをはるかに超えるパフォーマンスであることになります。特に1988,1989年の2年では急激に伸びていますね。このバブルは2000年春がピークだったITバブルなどとはまったくスケールの違う巨峰だったわけです。

 バブル発生の引き金は1985年9月のプラザ合意にあるといわれています。当時のアメリカの巨額の貿易赤字を削減するため(巨額の貿易赤字は今もなお続いていますが)、主要国が合意して為替相場をドル安に誘導するよう決定が行われました。これにより急激にドル安・円高が進み、1ドルは240円から1年後には半分の120円まで下落します。

 この急激な円高で日本の輸出産業は苦境に陥いるため、景気を下支えするため日銀は金利を低く抑えます。また、膨大な貿易黒字を上げる日本は世界から批判を浴びがちであった(いわゆる「ジャパン・バッシング」)ため、内需拡大を図るため低金利にせざるを得ない政治的理由もありました。

 本来は、金利を低くすればインフレを誘発するので、物価上昇率を見れば適切な水準に金利をコントロールできるのですが、日本の場合は食糧や各種天然資源を輸入に頼っているため、円高による輸入価格の下落が物価上昇を相殺してしまい、日銀は金利を引き上げるタイミングを逸してしまいました。

 しかも、円高を恐れて海外への投資が縮小したため、投資資金は必然的に日本の国内資産、すなわち株と土地に集中します。これがバブルを引き起こしました。

「土地本位制」の日本

 この背景には、過度に土地の価値を大事にする日本の文化がありました。(次ページへ続く)


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