MONEYzine(マネージン)

テーマ別に探す

90年以降、多くの大企業で巨額損失が発生
為替における「投機」のリスクと役割とは

  • ブックマーク
  • このエントリーをはてなブックマークに追加
2009/04/24 10:00

 26年もの間、為替の世界に身を置いてきた著者が未曾有の金融危機・為替危機にある現在の為替相場を分析。今後の動きを展望する。(バックナンバーはこちら)

為替市場を形成する実需と投機

 為替市場には「投機」が存在する。投機とは短期的な将来の予測に基づいて物品や権利の価格の変動から利益を得ようとする取引のことを指す。およそ2兆ドルにも上ると言われる世界における 1日の為替取引量のうち実需以外の投機部分は7割とも8割とも言われる。

 とくに世界的に昨今の為替相場の乱高下から為替リスクをできるだけ回避すべく自社のグローバルネットワークを用いたネッティングなどの手法で債権・債務を相殺させて為替発生率の引き下げを図る事業法人の傾向と、為替証拠金の世界的な隆盛などから投機比率は一層増加しているのではあるまいか?

 今回は過去20数年間銀行のディーリングルームで投機と実需為替の両サイドに携わってきた人間として、「為替における投機の役割」なる題名について考えてみたい。

 おおよそ実需と名の付く為替はすべて原則「買い切り玉、または売り切り玉」であり、投機のように「買ったらいつかは売り戻す、売ったらいつかは買い戻す」とは大きな違いがある。

 代表的なのは輸出入為替、スワップなどによる期日の為替反対取引を伴わない外債投資や直接投資、また直接投資を撤退する時の反対為替などであろう。また実需とは呼ばないが需給関係に変化を及ぼすものとして忘れてならないのが中央銀行による介入玉などであろう。

 これ以外はいわゆる投機為替であり、機関投資家ら個人の証拠金取引まで幅広い範囲に及ぶ。そして為替取引のみならず市場性取引は極論すればすべて「ゼロ・サムゲーム」であり、誰かが儲かれば誰かが損をする仕組みになっている。

 簡単に考えて世の中に輸出業者1社、銀行が5社あったとして、輸出業者Xが1億ドル(ドル円)を銀行Aに売り、各銀行は自己玉を乗せないで1億ドルだけのカバーを行ったとすると、銀行Aが銀行Bに売ってカバーをし、銀行Bが銀行Cに売ってカバーをし、その間相場が下がり続けたとすれば結局最後の銀行Eに行き着くまでドルは下がり続け、A~Eまでの銀行の損失と輸出業者Xの収益が等しくなると言う寸法である。

為替市場に名を馳せたビッグプレーヤー達

 考えてみれば26年前に中東のバーレーン市場で為替取引を始めて、その後ロンドン市場に行き、東京市場に戻ったが、その間Far East勢として東京、香港、シンガポール、欧州勢(欧州大陸、ロンドン)、南アネーム、そしてニューヨーク、ウェストコースと(SF、LA)の世界各国のプレーヤーと取引した。

 またその年代ごとに著名なビッグ・プレーヤーが市場をにぎわせていた。たとえば下記の面々だ。

・NBAD (ナショナル・バンク・オブ・アブダビ
・SAMA (サウジアラビア・マネタリー・エージェンシー)
・MAS (マネタリー・オーソリティー・オブ・シンガポール)
・MOSCOW (ロシア以前のモスクワの政府系金融機関の総称)
・スイスの小鬼 (当時のスイス3大銀行など)
・LTCM (米国のヘッジファンド ロングターム・キャピタル・マネージメント)
・米国の天才投機家・アンディー・クリーガー、ジョージ・ソロス
・日本の商社に生保 (生命保険会社)

 アンディー・クリーガーなどは私が元いた日本の銀行の本店を訪問し、その場でBillionのドル円の売り注文を出して成約させたと言う話も聞いた。

 しかし、これらビッグプレーヤーたちは通貨当局やジョージ・ソロスなどの例外を除き、皆ことごとく華々しく咲いていつの間にか散っていった。まさに諸行無常の響きあり、、である。昔から「投機家は面が割れたらおしまい」と言われたがやはりその言葉が生きているのか。しかしまた新たなビッグプレーヤーが凝りもせず現れるのであろう。

投機を巡る巨額損失事件

 1990年代以降、ちょうど世界的に金融の自由化が進むにしたがい、いわゆる企業の巨額損失事件がクローズアップされ始めた。(次ページへ続く)


  • ブックマーク
  • このエントリーをはてなブックマークに追加

著者プロフィール

  • ジョー津田(ジョー ツダ)

    本名は津田 穣(つだ みのる)。1978年東京銀行(現 東京三菱UFJ銀)入行。1982年、当時オイルマネーが潤沢であった中東のバーレーン支店において為替・資金ディーラーとしてスタート。ロンドン支店チーフディーラー、本店オプションチーフを務めた後、1990年に外資系銀行(米系、スイス系)に転出し、為替・資金業務に携わる。
    1995年に来豪し第一勧業銀行(現 みずほコーポレート銀行)の為替ヘッドとして2007年まで活躍。顧客に的確な市場情報の提供/アドバイスを行い、豪州各地で講演会や市場説明会を実施して顧客の評価を得る。
    2008年から知り合いの投資家の運営する AT FUND, Sydneyにファンドマネージャーとして参加し現在に至る。在豪10年以上の間に培った市場関係者との良好な関係を現在も維持し、日本の投資家に向けて市場メッセージを送り続けている。

本記事は、投資や貯蓄などマネーを活用するための情報提供を目的としており、続きを見る

All contents copyright © 2007-2019 Shoeisha Co., Ltd. All rights reserved. ver.1.5