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「日本は財政破綻しない」という人々の意見を信じていいのか

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2010/03/25 17:20

よく「日本は、国債を国内の金融機関に販売しているので破綻しない」という議論を見ますが、これは論理的に意味がありません。危機は国内で消化できなくなったときのことを言っているのです。(バックナンバーはこちら)

「日本は財政破綻しない」は根拠なし

 ここ数回の連載で、日本政府が積み上げてきた負債が限界に達する可能性と、それが起きた時にどうすべきかを書きました。
 要点としては、

・政府は財政支出を無節操に増やし、財源は国債に頼ってきた
・それを支えたのは銀行の資金であり、国民の預金でもある
・それにも関わらず金利が安定しているのは、政府を信用しすぎている銀行と銀行を信用しすぎている国民のおかげである

 といったところです。

 よく、「確かに政府債務は巨額だが、ほぼすべてを国内で消化しているから破綻しない」という議論を見ますが、これは論理的に意味のあることを言っていません。国内で消化している「かぎりは」破綻しない、とは思いますが、危機は国内で消化できなくなったときのことを言っているのですから、何の安心の根拠にもなりません。

 まだ少なくとも数年は、いままでやってきたやり方と同じように問題を先送りしていけば平穏にいけるでしょうけれども、これは単なる先送りであって問題の解決には全く繋がっていないことは明らかです。むしろ、信用創造のエネルギーの蓄積が進んでいるので、後になるほど破裂した時のダメージも大きいでしょう。早期に抜本対策をしていれば大したことはない問題でも、先送りによって事態を悪化させるのは日本の非常に悪い癖です。
 

財政破綻するとどうなるのか

 ところで、政府の財政が破綻しても別に日本人や日本文化まで消滅するわけではありません。かつて大日本帝国が崩壊したときも、徳川幕府が崩壊したときも、そこにお金を貸していた人は回収できなくなって困りましたが、別にそれで全員が命まで取られたわけではありません。個人や企業にとっては単に大きな変革期というだけのことです。みな何かの仕事をして生活していた、というのは変わりません。その内容が変化しただけです。

 ところで、過去に政府の仕組みが大きく変わった時期と現代が決定的に異なるのは、グローバル化が進んでいることです。グローバル化とは何かというと難しいテーマですが、要は人材や資本が簡単に国境を超えるようになった、ということです。かつて江戸時代は、庶民は外国はおろか自分の生まれた村から出ることすら困難でしたが、明治、昭和、と時代を経るごとに移動は簡単になり、貿易も大規模になってきました。世界どこの国でもこの流れは似たようなものです。

 なぜ国境を超えるかといえば、より有利な環境を求めてです。人はより高い報酬と快適な暮らしを、資本はより高い利回りを求めて常に移動します。この自由経済・自由貿易の仕組みは歴史上たいへんに効果的に機能した仕組みで、個人的には民主主義よりも大事にすべき価値観であるとまで思っています。

 この自由経済とは何かといえば、「値段は市場が決める」ということです。同じものであれば、売り手はより高く売りたいですし、買い手はより安く買いたいのは当然です。なので、それぞれの思惑を突き合わせて、値段が拮抗したところをもって「適正な値段」とする、というのが最も公平だろう、というのがその根底にあります。

 この仕組みのもとでは、それぞれの買い手・売り手は有利な条件を求めて利己的に行動するのですが、それが社会全体でみると資源の最適分配と技術革新をもっとも効率的もたらすのです。アダム・スミスのいう「神の見えざる手」による巧みな調整はこのことであり、この市場機能を人為的にコントロールしようとする実験は失敗しました。(その実験は今は「共産主義」と呼ばれています!)

 自由経済ですとときどき愚かなバブルが発生するなど、経済に傷をつけることもありますが、他の体制に比べればはるかにマシであるというのは確かだと思います。これを国の価値観の基礎においたアメリカは、もっとも経済的に成功した国になったという事実だけでも十分に自由経済の良さを表しています。

企業が死んだ後

 一方、自由経済には厳しい側面もあります。(次ページへ続く)


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