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リーマン・ショックとは異なった年初の株安 -客員エコノミスト 塚崎公義教授-

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2016/04/08 18:00

要旨)
・年初来の株安は、リーマン・ショックとは異なり、短期間で回復した
・金融市場が実体経済を振り回さなかった点がリーマン・ショックとの差
(おまけの要旨)
・リーマン・ショックは「取付け騒ぎ」だった
・今回の株価下落は、噂を信じた人々が株式市場に殺到した点では「取付け騒ぎ」だった
・しかし今回は、「人々が噂を信じると噂が実現する」というメカニズムが働かなかった

(本文)
・年初来の株安は、リーマン・ショックとは異なり、短期間で回復した
リーマン・ショックは、100年に一度の金融危機と呼ばれた。各国政府の必死の財政金融政策によって、壊滅的な被害こそ免れたが、危機の大きさとして巨大であった事は疑いない。
今次株価下落に際しても、米国の著名投資家がリーマン・ショックに匹敵する危機を予想するなど、世界の金融市場に緊張が走り、株価も下落した。しかし、幸いなことに、(日本株は低位にとどまっているが世界的に見れば)その後の株価は落ち着きを取り戻し、危機は一段落している。
今次株価下落は、「中国の外貨準備が枯渇して人民元が暴落する」「ドイツ銀行が破綻する」「産油国がいくつか破産する」といった噂を材料にして投資家(または投機家)たちが株式の売り注文を出した事によるものであった。
噂を信じた人が売ったのは当然として、噂を信じていない人の中にも売った人は多かったであろう。「噂を信じている人が売るだろうから、自分は先回りして売っておこう」という人もいたであろうし、売りたくなくても借金で株を買っていて返済を迫られたケース、損切りという機関投資家の社内ルールで売らざるを得なかったケース、などもあったであろう。思った以上に株価が値下がりしたことで、「何か自分が知らない事が起きているのかも知れない」という恐怖心から狼狽売りしてしまった投資家もいるかもしれない。
噂自体の真偽は今もって不明であるが、こうした「狼狽売り」が静まることで市場が安定を取り戻して来た、という事であろう。

・金融市場が実体経済を振り回さなかった点がリーマン・ショックとの差
リーマン・ショックと今次暴落の最大の違いは、リーマン・ショックが基軸通貨の信用収縮を引き起こしたのに対し、今回は「最悪の場合でも、基軸通貨の信用収縮は起きそうもない」という事である。
リーマン・ショックは、世界中の金融機関が自己の資金繰りを心配して、基軸通貨であるドルの貸出を抑制・回収したため、世界中に「ドルが足りなくて取引できない」という事例が著増し、実体経済が大混乱に陥った。「金融という尾が実体経済という犬を振り回した」のである。だが、今回は噂が本当だとしても、そうしたリスクがほとんど見込まれない。
「中国の外貨準備が枯渇して人民元が暴落する」という可能性は皆無ではなさそうだ。しかし、中国政府はメンツを非常に重んじるので、「投機筋に負けた」という形は採らないはずである。最後の最後は「資本取引を一切禁止する」といった手段まで動員するであろう。また、万が一人民元が暴落したとしても、暫く経済や金融が混乱した後には輸出が増えて外貨準備が回復し、市場は落ち着きを取り戻すであろう。いずれにしてもローカル通貨である人民元に何が起きても、世界の基軸通貨であるドルの取引には影響が無いのであるから、中国経済以外への影響は限定的であろう。
「ドイツ銀行が破綻する」については、絶対にあり得ないと筆者は信じている。リーマン・ブラザーズを見殺しにして世界を大不況に陥れた米国政府の過ちをドイツ政府が繰り返すとは思われないからである。また、万が一ドイツ銀行が破綻したとしても、ユーロ圏経済は大混乱するであろうが、それ以外の経済圏への影響は限定的であろう。したがって、株式市場も一時的には混乱するであろうが、リーマン・ショックのようなことにはならないであろう。
産油国がいくつか倒産する可能性は、十分にあると思われる。ただ、その場合にも原油の生産が滞ることにはならないであろうし、貸し手の銀行が破綻する事にもならないであろう。破産した産油国で政治や社会が混乱してテロリストが横行する可能性はあるが、それは世界経済とは別の話である。
そうした事に投資家たちが気付いたことも、市場の落ち着きに繋がったのであろう。


(おまけ)
・リーマン・ショックは「取付け騒ぎ」だった
銀行の「取付け騒ぎ」というのは、ある銀行が危ないという噂がたち、人々がその銀行から預金を引き出そうと殺到し、その結果として実際に銀行が破綻してしまう事件のことである。
これは、難問である。一つには、人々が合理的に行動しているが故に、人々を説得して行動を変えさせるのが困難であることである。劇場火災の際に、非常口に殺到する観客を整列させるのが困難であるのと同様である。
今ひとつには、噂が誤りであったとしても、人々が信じれば取付け騒ぎが発生し、それが噂を真実にしてしまう、という事である。どれほど健全な銀行でも、預金者全員が預金を引き出しに殺到したら破綻してしまうのである。

リーマン・ショックは、「サブプライムローンと呼ばれる一種の住宅ローン」に対する取付け騒ぎが発端であった。サブプライムローンが危ないという噂が流れたため、全米の銀行がサブプライムローンの貸出をやめた。サブプライムローンは借り換えを前提としたものであったため、借り換えに失敗した借り手が倒産して担保の住宅が競売されることになった。そうなると住宅価格が暴落するので、一般の住宅ローンの貸出も行なわれなくなった。
住宅ローンを証券化した商品(CDOなど)も暴落した。CDOが暴落するという噂が広まったため、保有している投資家が一斉にこれを売ったからである。そうなると、巨額の住宅ローンを貸している銀行、巨額のCDOを持っている金融機関が危ないという噂になり、噂の対象となった金融機関が取付け騒ぎ(個人からというよりも、金融機関相互の)に遭うことになったのである。こうしてリーマン・ブラザーズは倒産し、その他多くの金融機関も資金繰りに窮する事になったのである。

・今回の株価下落は、噂を信じた人々が株式市場に殺到した点では「取付け騒ぎ」だった
今回、流れた噂は「人民元の暴落」「ドイツ銀行の破綻」「産油国の破産」であったが、それにより人々が向かった先は株式市場であった。つまり、当初の噂はともかくとして、「株価が下がる」という噂が投資家たちを売りに殺到させたのである。
噂が売りを招いたこと、売りが売りを呼ぶ展開になった事は、取付け騒ぎと同様であった。しかし、決定的に異なっていた点があったのである。

・「人々が噂を信じると噂が実現する」というメカニズムが働かなかった
人々が噂を信じたとすれば、人民元を売り、ドイツ銀行から預金を引き揚げ、産油国から融資を引き揚げるべきであった。そうなっていたら、噂が実現していたかも知れない。
しかし、そうはならなかった。株式市場の参加者だけが噂を信じて株を売ったのである。それは何故か。「市場というのはそういう不思議な所である」としか言いようが無いが、「株式市場が過剰反応しただけ」のように見える。
今ひとつ、「銀行が潰れるから預金を引き出そう」という動きと「株価が下がりそうだから株を売ろう」という動きには、決定的な違いがある。人々が噂を信じて行動すると噂が実現する、という点は共通である。しかし、人々が預金を引き出せば引き出すほど銀行倒産の確率は高まる(したがって一層多くの人が預金を引き出すようになる)のに対し、人々が株を売れば売るほど株価がゼロになる(投資先企業が倒産する)可能性が高まるわけではない。むしろ、株価に割安感が出て、株価が反発するエネルギーが蓄えられていく事になる。
株価が暴落して損をするのは株式を保有している投資家であり、株式を発行している会社ではない。会社としては、株価が下がると、経営者がクビになったり株主総会が荒れたり新規の増資が難しくなる事などがあるのみで、会社の倒産確率が高まるわけでは無いのである。
こうした事を考えれば、今次株価暴落は、もともとリーマン・ショック並みのインパクトは持ち得なかったわけであり、金融市場が「騒ぎすぎた」のだと言えるだろう。



【提供:TIW



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