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【起業】50歳目前で会社が倒産!
料理未経験から宇都宮で餃子屋さんに転身

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2008/10/01 09:00

今回は、栃木県宇都宮市で餃子専門店を開いた若月満也さんのお話です。47歳のとき、勤めていた会社が倒産。料理未経験ながら、餃子屋さんを始め、変り種餃子が食べられる店として成功、宇都宮の餃子ブームの立役者となりました。【バックナンバーはこちら】

47歳で会社が倒産、料理未経験で餃子専門店を始める

 若月満也さんは、今から25年前、宇都宮で餃子専門店「イキイキ・ギョーザ」を開店した。同店は、宇都宮の餃子ブームを支え続けた有名店のひとつである。野菜餃子、肉餃子などの定番メニューから始まり、“餃子研究家”の異名を持つ若月さんが、チーズ餃子、チョコレート餃子、フルーツ餃子、ヨーグルト餃子、納豆餃子など、さまざまな変わり種メニューを開発し、今では提供される餃子が400種類になった。

 若月さんは50歳を目前に、今まで経験のなかった飲食業への挑戦を図り、再び蘇えった人である。47歳のとき、営業マンとして勤めていた会社が倒産。仕事を失い、気持ちはどん底だったが、家族を養うために落ち込んでもいられず、新しいビジネスを始めたという。

 1936年、福島県郡山市で生まれた若月さん。学校卒業後、地元郡山で大型自動車の販売を行う会社の営業マンとして働いた。戦後の高度経済成長期、道路がコンクリートになり、世の中に自動車が普及するに従って会社も成長した。自動車業界は、大きなメーカーが小さな会社を飲み込むことを繰り返し、発展したという。そんな時代の波に飲まれ、若月さんが20年間働いた会社も、倒産してしまった。

 「私も大きな会社に飲み込まれる経験をしました。下請け会社や営業会社が同時に飲み込まれると、組織も分解しちゃうんですね。人間には努力もあるけれど、ある程度の運もあることを感じましたよ……」

 勤めていた会社が潰れ、人生の大きな方向転換を迫られた。

海外での食べ歩き経験から、「餃子」を売ることを決意

 新しい挑戦には、「餃子」を選んだ。餃子屋になることを選択した理由には、営業マン時代のこんな経験がある。自動車の勉強をするため、海外のさまざまな工場を見学したとき、各地の名産を食べ歩いた。

 「それぞれの土地を歩いてみると、いろいろなことが非常に勉強になりました。実際に歩いてみることが、一番早い勉強法かもしれません。あちらこちらでバラエティに富んだものに出会い、遊びこそ勉強になりました。酒でも場所によって全然違うものですね。イギリスはスコッチ、フランスはワイン、ドイツはビール、イタリアに行くとオレンジが美味しくてやはり甘いフルーツ酒がうまかった。会社の中でひとつのことだけに集中していたら、分からなかったことでしょうね

 同時に、世界中でさまざまな餃子に出会った経験が、50歳を目前とした再出発で役立った。そして、餃子屋ならすぐに始められる、そんな確信が若月さんの背中を押した。

 「自動車販売会社時代、事業転換するには多額のお金が必要でした。だから、なかなか大きなチャレンジをすることが難しかった。しかし餃子なら、大きな設備もいらず、フライパンひとつで手軽に作ることができる。そこで、餃子屋を始めようと思ったのです

 突然の失業から1年後、若月さんは心機一転、餃子屋を開業することになるのである。


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